先ごろ、婦人服小売の三愛から水着・下着事業を買収すると発表したのは、
下着メーカー大手のワコールです。
国内の女性下着は低価格化や需要の先細りが避けられず、
その穴埋めとしてファッション水着に期待が持てるとのことです。
本業の下着でも手をこまねいているわけでもなく、
快適性を高めたブラジャーに期待を寄せています。
ここ数年、締め付けが少ない下着やインナーに対する需要が高まっており、
メーカー各社では、伸縮性が高い素材を使用したスポーツタイプや、
軽いつけ心地を追求した商品に力を入れています。
このように、各社が快適性を重視する背景には、ユニクロの存在があります。
同社がブラ機能付きのインナー・ウエアーの宣伝を大々的に行い、
その良さに気づいた女性が、一気にそちらの方向に流れ、
新しい需要が出来上がったことです。
しかし、相手は低価格を武器に縮小する下着市場に進撃してきます。
ワコールでは、従来は中高年層に支持されていた、
ノン・ワイヤタイプを若年層にも広げるべく販売促進に力を注いでいます。
長年に亘って積み重ねた研究の成果や経験を生かし抗戦に挑んでいるのです。
ブラジャーを日本に普及させたことで有名なワコールですが、
塚本幸一氏は、その一歩は「行商」から始まったと語っています。
第二次世界大戦終盤、配属された部隊は南方戦線で絶体絶命の攻撃にさらされ、
戦友の多くは命を落としますが、九死に一生で終戦を迎えることができます。
復員して実家に戻ったその日、
生還の挨拶回りに二軒の家に立ち寄ることになります。
その途中、たまたま一方の家人が持っていたアクセサリーを、
もう一方が欲しがっていることを知り、
双方を行き来して取引の仲介をすることになります。
仲介の礼として手数料を手にし、そのことが塚本氏の初商いとなったのです。
食べ物にも困窮する状況であっても、女性にとって身を美しく飾ってくれる、
アクセサリーへの関心は、決して無くなっていない事を感じ取ります。
加えて、アクセサリーが統制品に該当せず、自由に取引できることも知るのです。
早速、次の日からはネックレスやボタン、ハンドバックなどを仕入れては、
大阪や兵庫を歩き回り、洋装品店や化粧品店を見つけては飛び込み、
売り歩く日々が始まるのです。
仕入れては売り、売っては仕入れる、「行商」の始まりでした。
アクセサリーや雑貨の行商を続けて、買主の希望を聞いているうちに、
女性が欲しがっているものや、関心が何処にあるかが、
つぶさにわかりようになります。
戦後、服装の洋装化が進むにつれて、女性の悩みも生まれてきます。
それまで、胸を美しく見せるという習慣がなかった日本では、
女性の胸の位置が低く、洋服が美しく着こなせなかったのです。
このことに気づいた塚本氏が日本人向けに改良したのが、ブラジャーだったのです。
商才というものが、実際にあるかどうかはわかりませんが、
経営に長けた人物には、無意識に人の欲しているものや、
喜ぶことがわかる感性を持っている人がいます。
塚本氏は、ほんの些細なきっかけから、
女性が心の奥にしまっていた関心を、ひとつの形に作り上げ、
大きなビジネスにつなげていったのです。