ビジネスの姿を変化させ生き残る

 帝国データバンクが調査している企業のうち、
 創業から100年を超える企業は約2500社あるそうです。
 時代を少し遡り、明治維新までに創業した企業では、清酒製造がダントツに多く、
 味噌・醤油製造、和菓子製造と続きます。

 すんなりと聞けば、ウンウンとうなずける結果といえますが、
 自身に置き換えると、一世代をバトンタッチするだけでも大変な苦労なのに、
 代々続けていける知恵には学ぶべき点が沢山あるに違いありません。

 僧侶が中国から味噌の製法を持ち帰ったのは鎌倉時代のこと。
 現在の和歌山県湯浅町の寺で味噌が作られ、
 その副産物として生まれたのが「湯浅醤油」といわれています。
 故郷の醤油の製法を携え、初代濱口儀兵衛が紀州から銚子に渡り、
 ヤマサ醤油を興したのは1645年のことです。

 儀兵衛が生まれた広村は、湯浅の隣に位置する貧しい村でした。
 跡継ぎではない男子は故郷を出て、気候が似ている銚子に移り住む者も多く、
 漁業が栄えた銚子では、醤油製造の地としても発達していきます。

 脈々と続く家系では、七代目にあたる濱口梧陵に逸話が残されています。
 たまたま、広村に戻っていた時に南海の大地震に遭遇することになるのです。
 海面の状態や井戸の水位の異変を感じ、津波が来る事を察知した梧陵は、
 田んぼの稲束に火をつけ危険を知らせ、村民を救ったと伝えられています。

 その後も、津波のたびに大きな被害を受ける故郷を守るため、
 莫大な資財を投じ、大量の人手を動員して、4年もかけ防波堤を築いたのです。
 今や、松とハゼの木が植えられた全長600メートル以上にも及ぶ、
 その姿は史跡となっています。

 醤油の醸造に係わる核酸を分解してうま味成分を作る技術は、
 核酸関連の化合物を作り出す技術につながっているそうです。
 ヤマサ醤油では、技術を利用して医薬品の原料や、食品栄養の強化、
 病気を診断する診断薬など様々な分野で開発が行われ、
 新しい時代の収益の柱となる事業として育てているそうです。

 調査に際して長寿企業に対して行われたアンケートでも、
 「創業時から変えていないこと、変えたことは何ですか」という質問に対し、
 「主力事業の内容」は約50%、「商品・サービス」に関しては約70%が、
 それぞれ「変えた」と回答があったそうです。
 長い歴史の中で、臨機応変に企業の姿を変化させて生き残っていることが伺えますね。

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発 行 元:シモヤマ会計事務所(下山弘一税理士事務所)
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