技術を変化させ会社を成長させる

 改札を通るときに、駅員が「パチパチ」と音を立てて、切符を切る姿、
 昭和を思い出させるノスタルジックな光景です。
 現在では、全国的に自動改札の導入が進み、都心部ではプリペイドカードや
 ICカードに対応した万能型の自動改札に進化しています。

 そんな自動改札の導入が本格的に始まったのは80年代のことで、
 関西圏の私鉄を中心に広がったそうです。
 現在の阪急電鉄の北千里駅で、世界で初めて導入された改札機が、
 日本機会学会が行う、日本の産業発展に貢献し、
 歴史的な意義を持つ「機械遺産」として選ばれています。

 開発を手がけたのは、立石電機(現 オムロン)で、
 そのきっかけとなったのは、食券自動販売機の開発でした。
 大丸百貨店の京都店が、私鉄の路線延長に備えて、
 新駅に通じる地階に食堂コーナーを新設する計画がされたのです。

 その食堂に、食券の自動販売機を導入する構想が持ちあがります。
 3種類の硬貨を利用し、偽造を見分け、7種類の食券を販売するという、
 当時としてはとても高い性能を要求され、開発陣も尻込みしたほどでしたが、
 見事に完成させ、63年に7台の納入を果たせます。

 自動制御装置にコンピュータを組み合わせた技術は、
 次々と新しい製品に開花していきます。
 渡米し現地のメーカーの依頼で、食券の自動販売機の技術を応用した、
 クレジットカード用の自販機システムを開発することになります。

 アメリカでは、食事をする前に前払いする習慣が無かったため、
 いわゆる後払い形式のクレジットカード方式に切り替えての開発でした。
 製品発表は大々的にマスコミに取り上げられ、
 新聞やテレビで報道されましたが、一方販売は伸びませんでした。

 しかし、その技術は無駄にされることなく、
 銀行の窓口無人化システムにつながっていきます。
 66年に金融会社から入った、紙幣自動貸出機の開発依頼を皮切りに、
 銀行向けのCD(自動預金支払機)を手がけ、
 ATM(自動現金引き出し、預け入れ装置)に引き継がれたのです。

 30年、オムロンの創業者 立石一真氏が独立開業を決意したのは、
 折からの不況で、勤めていた会社の希望退職に応じ、
 再就職口を探したけれど、採用してくれるところが無かったからでした。

 当初は、自らが考案した、ズボン挟み器(ズボンプレッサー)や
 ナイフグラインダー(包丁研ぎ器)を売り歩き、細々と生計を立てていました。
 やがて、持っていたお金も底を尽き、その日の米代まで不自由するようになります。

 途方にくれ、周囲に仕事がないかと訪ね歩いていたところ、
 友人がレントゲン撮影用のタイマーの話を持ってきてくれます。
 鮮明な映像を撮るために、20分の1秒を計る必要があったのですが、
 それまではゼンマイ仕掛けで、正確に測定できなかったのです。

 立石氏は、2ヶ月掛かりで2台の試作品を完成させメーカーに持ち込みます。
 大阪の病院で行われた、タイマーの立会い試験では見事、
 合格の結果を受け、はじめて大口の注文を受けることが出来たのです。
 こうして、「継電器(リレイ)」の専門工場として
 立石電機の基礎が出来上がったのです。

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