より大きな山を目指して…

 6月の終盤は、決算の承認を受けるために行われる株主総会のピークです。
 コロナ感染症に明け暮れた一年となり、
 業種によって大きく明暗を分けた決算となりました。 
 今年の総会では、それまでの好業績とは一転した報告をしなければならない会社も多く、
 地元京都の企業も上場廃止となることになりました。

 会社の経理や財務のチェックを任される仕事をしていると、
 つくづく、世の中にはいろんな商売があるものだと感心することがあります。
 取り扱っている商品や、販売方法、販売ルート、商売の糸口は無数にあり、
 チョットしたことがきっかけとなって広がっていくものだと教えられます。

 その時代にマッチしていたからこそ、ビジネスにつながった事。
 現在では、どんなに対抗しても、
 同じ仕組みを築くのは不可能な事もたくさんあります。
 スーパーが普及するまで、一般的であった牛乳などの宅配サービスも、
 町で牛乳販売店を目にすることはなくなりました。

 乳酸菌飲料の宅配サービスを維持し続けているヤクルトも、
 ユニークな特徴を持った会社です。
 宅配サービスを担うヤクルト・レディは、パート社員などの雇用形態でなく、
 歩合制による外注扱いとなっているそうです。

 何より、現在のヤクルトというのは、
 全国の販売会社が集まって出来た会社であって、
 よくある会社の成り立ちとは逆の経緯をたどっているのです。
 それゆえ、主導権争いなどの揉め事が絶えませんでした。

 ヤクルトというのは、代田稔氏が京都大学の教授時代に
 人腸乳酸菌(L.カゼイ・シロタ株)(ヤクルト菌)の
 強化・培養に成功したことから始まります。
 
 全国に代田保護菌普及会という販売会社が設立され、
 製品ヤクルトは日本中に広まっていきます。
 それに伴い代田保護菌普及会も各地に広まり
 一時は500社を数えるようになってしまいました。
 
 しかし、販売会社どうしは製品ヤクルトを販売する仲間というより、
 競争相手として対立しあうことも多かったのです。
 その代田保護菌普及会を統合し、現在のヤクルト本社が出来上がります。
 名前も各地に広がった販売会社を取りまとめる会社として、
 「本社」という名称が付けられたのでしょう。
 
 1955年にヤクルト本社が設立された後も、販売会社の統合は続き、
 全部が完了するまでには20年の年月がかかりました。
 ヤクルトの販売会社は各地の金持ちがその権利を買い取り、
 家業として営んでいたため、その統合には猛烈な反発があったからです。
 
 その統合にあたったのは、松園尚巳氏であります。
 松園氏が、専務になったころは命の危険を感じるほどで、
 特に九州ではその勢いは強く、
 「九州に足を踏み込んだら、生きて帰えさない」と、
 多くの業者が反発の態度をあらわにしていました。
 
 「いつまででもお山の大将気分に浸っていないで、
 ヤクルトはまとまれば大企業になれる事業、
 目先の金儲けだけを考えず、将来に向けて協力していこう。」
 松園氏が販売会社に対して言った説得の言葉です。
 
 臨時株主総会で、専務の職をおろされても、
 松園氏は身を引くことなく1カ月の出社拒否で対抗し、
 そのことで世論を味方につけたのでした。

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