すかいらーくの事業改革に伴い、資本関係を解消して独自の路線を歩み始めた、
持ち帰り寿司チェーンの「小僧寿し」の迷走が止まりません。
新社長は、創業した会社の株を売却して手に入れたお金を元手に、
「小僧寿し」の株を引き受け、一年で復活させると息巻いていました。
倒産した会社から持ち帰り寿司チェーンを引き継ぐ一方、
高級寿司路線に転換する方向も模索していました。
しかし、定まらぬ方針の末、絵に描いた餅ばかりで、
具体的に実を手にすることはありませんでした。
最盛期には、チェーン店売上高1000億円を誇った「小僧寿し」でしたが、
逆風の中では、しっかりとした儲けの仕組みを考えないまま、
畑違いの経営者が思いつくアイデア程度で、
再建できるほど甘くは無いということでしょう。
寿司は、「へい、いらっしゃい」と大将から声がかかる
鮨(すし)店で食べるか、もしくは仕出屋からの出前でとる物でした。
そんな寿司が身近になったのは、持ち帰りずしが登場したのがきっかけです。
それまで専門の職人でしか、寿司を握れないとされていたものが、
女性でも美味しい寿司を作れる、ことが認知されるようになったのです。
小僧寿しチェーンは、高度成長期の70年代に産声を上げます。
小僧寿し本部を立ち上げた、山本益次氏は、こう思ったのです。
「日本人で、すしの嫌いな人はいない。食べないのは、値段が高いからだ。
人の集まるところで『スーパー寿し』を売ってみたい、
スーパーのように安く売ればよい」
スーパーマーケット(スーパー)が台頭していた頃でした、
各地にスーパーが増えていくのと歩みを同じくして、
小僧寿しのフランチャイズチェーンも全国に広がっていきます。
その後、持ち帰りずしは、スーパーやコンピニが手がけるようになり、
90年はじめをピークに、売り上げは下降線を辿るようになります。
鮨店以外で、寿司が手軽に口にできるようになったことで、
その味は格段に良くなっていったのでした。
さて、高級鮨店と庶民相手の持ち帰り寿司、違いはどこにあるのでしょう。
どんなに単価が高くても利用してもらえるのは、
せいぜい月1回程度が関の山。
どうしても、利用してもらえるお客の数に限りがあるのが高級鮨店です。
それに比べて、夕食以外でも、昼食、夜食にも買ってもらえて、
売り方によっては、お客の数をいくらでも増やすことが
出来るのが持ち帰り寿司の方なのです。
商売は「値段」と「数」の掛け算で成り立っています、
一方だけが極端に多くても、経営として成り立ちません。
2つのバランスが取れてこそビジネスとして、
続けていけることを肝に銘じておきましょう。