差別化の答えは、簡単なところに隠れている

 デフレ基調の潮目が変わり、原価高や人手不足も加わって、
 低価格メニューで勝負していた外食チェーンには逆風が吹き荒れています。
 値下げ競争の真っ只中に登場した牛丼、ステーキチェーンがありますが、
 自ら編み出した新しいビジネスモデルとばかり、
 息巻いていましたが、今は見る影もありません。

 外食業界最大手の日本マクドナルドもご多分にもれず、
 新社長が就任したのにもかかわらず、
 賞味期限問題の影響もあり低迷が止まりません。
 今年に入り、既存店の売上が前年を上回ったのは、
 1月だけというのですから深刻です。

 前任の原田泳幸氏が社長であったときも、10年の節目を迎えた時期に、
 快進撃の勢いに陰りが見え出しました。
 小刻みな値上げと値下げが混在し、斬新さが全くなく、
 憶測混じりの話題が交錯していました。

 売上・利益とも拡大を目指すのが、上場企業の宿命とはいえ、
 膨れきった風船は、萎むか、弾けるか選択に迫られています。
 肩を並べる相手がいないだけに、
 自らを競争相手として「殻」を打ち破れるか否かが、
 評価の分かれ目となるでしょう。

 そんな日本マクドナルドの創業者 藤田 田氏は、
 本国アメリカでは、ジャンクフードの象徴とされているハンバーガーを、
 流行の最先端のファッションに仕立てて日本に上陸させた人物です。

 日本1号店を、東京銀座の三越百貨店一階に、
 月曜の休館日を挟んで、39時間で開店したことは、
 あまりにも有名な話です。

 アメリカでは、郊外に出店しているマクドナルドを、
 なぜ、日本では都心の一等地で展開することに決めたのか。
 それは、外食として一足先に日本へ上陸した、
 ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の失敗を見ていたからです。

 KFCは、アメリカのノウハウをそのまま採用して、
 郊外へ出店しましたが、名古屋の第1号店だけでなく、
 2号店、3号店とも不振続きでした。
 日本人の郊外志向は、まだまだ時期が早すぎたのでした。

 アメリカ流のマニュアルを何もかも取り入れて、
 一般的に無機質と捉えられる、外食チェーンですが、
 それぞれのこだわりは、やはり味にあるといえます。

 マクドナルド、創設者のレイ・クロックが、
 マクドナルドのハンバーガーを全米に広げることができたことの一つが、
 フライドポテトへのこだわりでした。

 肉の味で、他のハンバーガーと違いを出すのはとても難しいけれど、
 フライドポテトの味の差別化はつけやすい。
 その答えは、いとも簡単こと、
 「揚げて3分たったポテトは、理屈抜きに捨てる」ことだったのです。

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